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大阪地方裁判所堺支部 昭和37年(ワ)68号 判決

原告 国

国代理人 光広竜夫 外四名

被告 西田幸雄

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

いずれも成立に争いのない甲第一ないし第三号証によれば、原告(所轄庁大阪国税局長)は芳田寅二郎に対し、昭和二六年一二月三日現在において、すでに納期を経過した昭和二三年度所得税等合計金一、〇八一、一四〇円の国税債権を有したので、同日その滞納処分として芳田所有の別紙目録記載の土地を差し押えたことが認められ、右土地につき、大阪法務局昭和二六年一二月一二日受付第二一、一八二号をもつてこれが差押登記を経由したことは当事者間に争いがない。そして成立に争いのない甲第四号証によれば、右国税に対し一部納付がなされたが、その後さらに新規滞納が発生し、結局原告は芳田に対し合計金一、三五六、五一三円の国税債権を有することが認められる。

ところで、右土地につき、大阪法務局昭和二六年六月一九日受付第一一、七五五号をもつて、芳田と被告との間の同年五月一七日売買予約を原因とし被告を権利者とする所有権移転請求権保全仮登記がなされていることは、当事者間に争いがない。

そこで右仮登記原因について判断する。前記甲第一号証成立に争いのない乙第一号証、被告本人の尋問(第一、二回)の結果によれば、次の事実が認められる。すなわち、被告は従来から芳田に対し小口の貸金、立替金等の債権を有したところ、昭和二六年五月現在その合計額が金四五〇、〇〇〇円を超えるに至つたので、被告と芳田は同年五月二二日大阪法務局所属公証人加古哲太郎役場において、右金四五〇、〇〇〇円を消費貸借の目的とし、弁済期日同年六月二〇日、利息年一割、遅延損害金一〇〇円につき日歩金二〇銭の約定による準消費貸借契約を締結すると共に、右債権を担保するため、芳田は本件土地その他の物件の所有権を被告に信託的に譲渡して譲渡担保とすることを約したこと、ところで、右準消費貸借及び譲渡担保権設定契約につき前記公証人役場で作成された公正証書(乙第一号証)においては、中谷甲子男が債権者とされているのであるが、その事情は、当時被告は福岡市に居住しており印鑑証明書の下付を受けるのに日数を要したので、被告が便宜上、親戚にあたる八尾市居住の中谷甲子男の名義を借り受けたものにすぎず、右公正証書は被告、芳田及び中谷の三名が公証人役場に出頭してその作成を委嘱したものであること、そして本件土地につき売買予約を原因としてなされた前記仮登記は、右譲渡担保権の対抗力を保全するためになされたものであること、かような事実が認められ、証人芳田寅二郎の証言だけでは右認定をくつがえすにたらない。

ところで、譲渡担保は、債権担保の経済目的を達するために法律上所有権を信託的に譲渡することによつてなされる担保方法であるが、現行法上これについての登記方法に関する規定はなく、債権者が譲渡担保として不動産所有権を取得したことを公示するためには売買による所有権移転登記を経る以外に方法はない(なお、その場合債務者からする担保物取戻の権利の公示方法としては、右所有権移転登記に買戻特約を付するか、あるいは右所有権移転登記を経た上、債務者のために再売買予約による所有権移転請求権保全仮登記を経由することが行なわれる)。しかし債権者が債務者の債務不履行の場合にそなえて、譲渡担保を実行しその所有権を確保するためには、必ずしもあらかじめ右のように所有権移転登記を経ていなくとも、売買予約(場合によつては代物弁済予約)を原因とする所有権移転請求権保全仮登記さえ経ておけば、これによつて、後日右予約完結権を行使するという方法によつて譲渡担保を実行し、仮登記に基く本登記を得てこれが所有権取得の順位を保全することができ、その目的を達し得るのであつて、むしろ譲渡担保の目的物の所有権を保全する方法としては、当初から債権者のために所有権移転登記を経由するよりも、債権者のために単に所有権移転請求権保全仮登記を経由するにとどめる方法が、より一般に行なわれているところである。ただ、この方法によれば、債権者としては所有権移転登記を経ていない以上、所有権の信託的譲渡を受けたことを第三者に対抗することができないのにすぎない。そして前認定の事実によれば、被告は前記準消費貸借契約に基く貸金債権を担保するための譲渡担保として本件土地の所有権の信託的譲渡を受けたのであるが、その公示方法としての所有権移転登記を経由していないから、利害関係のある原告に対し右所有権取得を対抗することはできないけれども、後日芳田が右貸金債務を不履行した場合、売買予約を完結するという方法でその担保である本件土地の所有権を取得し、仮登記に基く本登記を経由することによつて本件土地の所有権の対抗力を保全するために、本件仮登記を経由したものであることが明らかであるから(被告本人の尋問(第二回)の結果は右認定に反するものではない)、本件仮登記をもつて実体関係に符合しない無効の登記であるということはできない。

ところで売買予約完結権は民法第一六七条第一項により一〇年の消滅時効に服するものと解すべきであり、また、消滅時効は権利を行使し得る時から進行するものであるところ、本件売買予約は、前記貸金債権を担保するためのものであり、芳田がその債務の履行を怠つたときに始めて被告がこれが予約完結権を行使し得べきものであるから、本件売買予約完結権は、前記貸金債権の弁済期日の翌日である昭和二六年六月二一日から起算して一〇年の経過により時効消滅するものというべきである。

そこで被告の時効中断の抗弁について判断する。いずれも成立に争いのない乙第五号証の二、四、五、被告本人の尋問(第一回)の結果によりいずれも真正に成立したものと認められる乙第五号証の一、三、同第六号証の一、同第二号証の一、二、同第三号証、証人芳田寅二郎の証言によりいずれも真正に成立したものと認められる乙第四号証、同第六号証の二、同第八号証の一、二、証人芳田寅二郎の証言(一部)、被告本人の尋問(第一、二回)の結果を綜合すれば、次の事実が認められる。すなわち、その後芳田は前記貸金債務の支払を怠つたので、被告は前記公正証書(乙第一号証)に基き、いずれも中谷甲子男の名義をもつて(イ)昭和二六年八月二二日本件土地上の建物内にある芳田所有の機械類を、(ロ)同年九月二八日芳田所有の京都中央電話局所管京都本局五、二〇八番電話加入権を、(ハ)同年一〇月一九日京都市上京区の当時の芳田の自宅内にある芳田所有の家財道具類を、それぞれ差し押えたこと、これに対し芳田は中谷を相手方として京都地方裁判所に対し請求異議の訴を提起すると共に、右各差押執行につき、(イ)に関し保証金五〇、〇〇〇円、(ロ)に関し保証金一五、〇〇〇円、(ハ)に関し保証金一〇、〇〇〇円を供託して、その執行停止を得たこと、その後右請求異議訴訟の係属中、昭和二七年一二月頃、中谷、芳田及び被告の三者間で、芳田は被告に対し前記貸金債務を承認し、その支払方法として、

(1)  芳田の有する前記執行停止のための(イ)に関する保証金五〇、〇〇〇円、(ロ)に関する保証金一五、〇〇〇円、(ハ)に関する保証金一〇、〇〇〇円、合計金七五、〇〇〇冊の還付請求権を被告に譲渡する、

(2)  芳田が岡村要に対して有する大阪市城東区永田町三一一番の二七、二八、三二、四九、五〇の各土地及び同番の二七地上家屋番号同町第一一二番の建物についての売買残代金債権金二五〇、〇〇〇円を被告に譲渡する、

旨の示談が成立し、これに従つて被告は中谷名義でなした前記各差押を解放し、芳田は中谷に対する前記請求異議訴訟を取り下げたこと、そして被告は、同年一二月一五日前記(イ)の保証金五〇、〇〇〇円、(ハ)の保証金一〇、〇〇〇円の各供託書を受領し、その後昭和二八年一二月右各供託金の還付を受け、また、前記(ロ)の保証金一五、〇〇〇円は昭和二八年二月二〇日その還付を受けたこと、次いで被告は、前記(2) の約定により、岡村と話し合つた結果、昭和二八年四月一五日芳田の承諾のもとに、岡村との間で売買残代金二五〇、〇〇〇円を消費貸借の目的とする準消費貸借契約を締結し、その後岡村からその弁済を受けたこと、かようにして被告は芳田に対する本件貸金債権の内金として以上の合計金三二五、〇〇〇円の弁済を得たこと、なお、右示談にあたり本件貸金債権の残金について、これを免除する旨の取り決めはなされなかつたこと、その後被告は昭和三〇年七月二八日付及び昭和三三年八月二三日付の書面で芳田に対し、右貸金残金を請求すると共にその担保である本件土地に対する本件仮登記についての解決方を求め、また、その頃から昭和三三年一〇月頃までの間に、被告は芳田に面談して、貸金残金の支払を求めると共に、支払ができないならば本件土地につき仮登記に基く所有権移転登記手続をするよう求めたのに対し、芳田は残債務を承認しながらその支払の猶予と本登記手続の履行の猶予を求めたこと、かような事実が認められる。証人芳田寅二郎、同吉住林治の各証言中以上の認定に反する部分はにわかに信用できない。

右事実によれば、昭和二七年一二月頃被告と芳田との間でなされた示談の際に、芳田が本件貸金債務を承認したことは明らかであるが、その際売買予約完結権について、その時効中断事由としての承認をしたものとは認められない。しかし、昭和三〇年七月頃から昭和三三年一〇月頃までの間に、被告が本件土地につき本件仮登記に基く本登記手続を求めたのに対し、芳田が被告に対し貸金債務の支払の猶予を求めると共に本登記手続の履行の猶予を求めたのは、とりもなおさず、被告が本件仮登記によつて公示された売買予約完結権を有することの承認であるというべきであり、これによつて本件売買予約完結権の消滅時効は芳田の承認により中断されたものというべきである。

原告は、売買予約完結権のような形成権については時効の中断ということはあり得ないと主張するが、形成権についても権利者が権利の行使をしない事実状態が考えられるから、かかる事実状態と相い容れない事実が生ずれば時効は中断するものと解すべきである。ただ、形成権は一回の行使でその権利が消滅するから、承認による以外には時効中断の方法がないにすぎない。

そして本件売買予約完結権は、前記承認による時効中断後、まだその時効期間を経過していないことが明らかであるから、なお有効に存続するものというべきである。

そうすると、本件仮登記の無効を主張し、また売買予約完結権が時効により消滅したことを理由として、その抹消登記手続の履行を求める原告の本訴請求は、時効援用権が債権者代位権の対象となるかどうかの点につき判断を加えるまでもなく、その理由のないことが明らかであるから、失当としてこれを棄却すべきものである。

そこで民事訴訟法第八九条を適用の上、注文のとおり判決する。

(裁判官 松田延雄)

別紙目録〈省略〉

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